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救急の現場から、福祉の現場へ

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Q. 福祉の世界に入られたきっかけは?

初めは民間の救急の仕事に就きました。当然、特養などの施設からも出動要請が来ます。そこで幾度となく福祉の現場に触れる機会があり、徐々に「自分がやりたいのは、じっくり人に携われるこっちだ」という思いが強くなりました。2007年に「正吉福祉会」に入職しました。介護員としてのスタートは、そのひとつ前の特養からです。
 

Q. 「正吉福祉会」への入職までの経緯を教えてください。

2004年に中越地震がありました。被災地では、介護員たちも被災者という状況が生まれていました。ちょうどその時、都の社会福祉協議会で介護ボランティアを募っていることを知り、第一陣として被災地に向かいました。そのメンバーの中の一人だったのが、現「杜の風・上原」の斎藤施設長です。当時は「きたざわ苑」に勤務していました。活動は一週間くらいでした。普段は他の施設の人と一緒に働き、寝食を共にすることなどまずありません。貴重な経験になりました。なかでも斎藤施設長との出会いは私の人生を変えたと言っても過言ではありません。
 

Q. 人生を変えたとは?

第一陣は6、7人だったと思うのですが、熱い人たちばかり。仕事が終わってからも夜な夜な集まっては語り合いました。それまでの私は自分が働いていた施設のやり方しか知りません。それが「正吉福祉会」では「おむつを外す、歩けるようにもなる。家に帰れることだってあり得る。自分の意思で暮らせるように導いていくこと。本当の自立支援ってそういうものじゃないか」と...。斎藤施設長から聞く話は目から鱗。「そんなことが叶うのか!」の世界でした。カルチャーショックを受けながらも「うちもそうするぞ」と半ば興奮気味で戻ってきたことを覚えています。それから2年間、「よし、俺がやる!」と頑張ってみましたが、簡単にはいきませんでした。結果「正吉福祉会」に、自分が移るという選択をしました。ちょうど結婚もし、心機一転での入職でした。
 

Q. スタートは介護職ですか?

 

 

介護員からケアマネジャーへ。理論より実践

Q. 日々のお仕事を通して、感じることはどんなことですか。

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ケアマネジャーの資格試験は5度目の正直で受かりました。再び竹内先生のケアマネ向けの講座に通わせてもらい、受けた指導を実践に応用し今に至ります。外部のセミナーなどに積極的に行かせてもらえる体制が整っています。現在の担当件数は30〜40。お宅を訪ねながら、ご利用者さまとご家族に寄り添ったケアプランを提案させていただいています。一人一人生活環境が違いますから、方法論では片付けられないことばかり。柔軟性と応用力が求められ、そこが発揮のしどころでもありますが、自立支援にも限界はあります。時に人生のお別れという悲しみにも向き合います。でも、誤解を恐れずに言うなら、仕事の根本は楽しい。関わる人すべてから学ばせてもらうことの連続で毎日が過ぎています。得られるものがたくさんあって、それを知識やスキルにして還元していけたら本望です。
 

Q. そういえば、こんなこともという"エピソード"はありますか?

70代の男性の一人暮らしで、家の中がゴミ屋敷状態になってしまっている方がいらっしゃいました。生きる気力も萎えていて。業者さんに頼んで片付けてもらうのは簡単ですが、費用がかかります。ホームヘルパーと一緒にせっせと片付けて、畳を替えました。そうしたら次に行った時、座卓にテーブロクロスがかかっていましてね。元気が出て、ホームパーティを開いたんです。私たちもお招きを受けました。忘れ難いエピソードです。
 

Q. 職場の雰囲気を教えてください。

法人全体で施設は9ヵ所あり、その中で異動はありますが、どこの施設も自分の力を十分に活かす場が用意されていると思います。私はこれまで3ヵ所で働きましたが、オープンで相談のしやすい雰囲気とチームの結束力を異動の先々で感じました。職員のためのイベントもあります。同期でたまに飲みにいったり。みんないい感じで、頑張っています。
 

 

★ OFFの日はどう過ごす?

3人の子どもと遊びます。